昨年秋に公開されたフル3Dアニメ映画「HELLO WORLD」を見た。
主題歌がヒゲダン、Nulbarich、OKAMOTO’Sらが提供した三曲で、劇伴も星野源のサポートのMPCプレイヤーとして有名なSTUTSや小袋成彬などが参加し、音楽面でも注目を集めた作品だ。
そして、脚本を務めたのが若手の小説家の中でも鬼才と称される「野崎まど」。彼が有名になったのは「正解するカド」という3Dテレビアニメで、斬新な設定、世界観で話題を呼んだ。
しかし、本作を見るにあたって覚悟しなければならなかったのは、野崎まどは天才ではなく鬼才であり、時に行き過ぎてしまうことがあるからだ。「正解するカド」も中盤までは評価が高く、ネットでも評判になっていた。しかし、後半は物語の展開が明後日の方向に向かいだし、最終回は散々な終わり方となり、多くの人が落胆し、失望した。彼は斬新な設定を考えることにものすごくたけている。そして、物語の運び方もうまい。だけど、どこかで歯車が狂いだし、最終的には物語自体が暴走して、自爆してしまう、つまり、バッドエンドになってしまうのだ。これはもう彼の癖としかいいようがない。だから僕は不安だった。結局、わけのわからない展開になってそのまま終わってしまうんじゃないか、と。
あらすじを紹介しよう。主人公、堅書直実(かたがき なおみ)はある日、十年後の自分と出会う。そして、彼はこう告げる。「お前はこれから図書委員の一行瑠璃と恋人になる。しかし、付き合って二週間もしないうちに彼女は事故死する。その未来を変えてほしい」と。ここまでは普通のSFに思える。しかし、やはり野崎まどは鬼才だった。まず、物語序盤で、主人公・堅書が暮らす世界が現実のものではなく、量子コンピューターに記録された仮想世界である、と告げられる。これは衝撃的だった。そして、物語はそのことを前提に進む。主人公も素直にそれを受け入れてしまう。そうすれば、勘のいいひとはわかるだろうが、最期の展開でどんなふうに転がすことができる。僕から言えるのはここまでだ。その後、どんな展開が待ち受けているのか、心してみるがいい。
まず、いっておきたいのは、この作品は、野崎まどにとっての「君の名は。」的な存在であることだ。「君の名は。」はRADWIMPSはじめ多くの人を巻き込み、多くのお金をつぎ込み、新海誠作品のベスト盤と呼ばれる存在になった。実際、新海監督は「君の名は。」をエンタメ作品として作ったし、エンタメとして、多くの人に受け止めてもらえるように、自身の複雑な心理描写という最大の武器を捨ててまでも作り上げた、金字塔的作品だ。本作も状況は同じなのである。ヒゲダン、Nulbarich、OKAMOTO’S。どのアーティストも売れっ子で、しかも三曲とも主題歌に持ってくる。監督は劇場版ソード・アート・オンラインの監督、キャラクターデザインは「けいおん!」の堀口悠紀子と超が付くほどの名クリエイターぞろい。そして多くの資金も費やされただろう。そこでエンタメが作れなかったら、ラストでみんながそっぽをむくような作品を作ってしまったら、それこそ作家の名折れである。だから、彼はとにかくエンタメ的展開、王道展開に終始した。しかし、後半からの流れは確実に「これが野崎まどだ」と思わせる斬新なアイディアにあふれ、一瞬先の展開が全く予測できない、彼にしか書けない物語が編まれていった。結果的に、彼の物語世界は、日本のアニメーションを加速させる原動力となりえたのである。このラストは誰も予想できなかったろう。本当に彼にしか書けないストーリーであり、そしてなおかつエンタメとしてよくできている。
また、素晴らしいのが映像だ。本作はフル3Dである。セルは一切出てこない。そういう作品も珍しくなくなった。しかし、この作品では一行瑠璃という感情表現の乏しいキャラクターがヒロインであり、だからこそ、繊細なセル的な表現手法が求められた。しかし、見ている間、これがフル3Dなんてことは一瞬も頭をよぎらなかった。以前のような、3Dにありがちなぎこちなさは一切ないし、自然に見られる。それでいて、後半には3Dでしかできない映像表現もある。繊細さとダイナミズムも両方兼ね備えた映像になっているのだ。
この作品で、野崎まどは進化した。間違いなく、これが現時点での最高傑作だ。しかし、彼はまだまだ若手。これからいったいどんな手で僕たちを騙してくれるのか。そのときは思いっきり騙されて、気持ちよく「えぇぇぇぇ~!!!」と叫びたいものだ。