毎日、悲惨なニュースが後を絶たない。日本では一日の感染者数は減少の一途をたどっているが、ここにきてコロナ差別問題や企業倒産、休業要請の延長など思わず目をそらしたくなるような現実に目を覆いたくなる。
悲観的な思考というのは必要なものではあるのだが、極まっていくと実際は起きていないことまで心配しだしたり、事実ではないことを信じ始めてしまうため、危険だ。
だから、僕は今ここで、コロナ禍が生むメリットについての提言をしたい。悲惨な現実をただ悲観し、傍観するのではなく、この世界的危機をチャンスと捉える、肯定的に捉えるチャレンジをしたい。実際は悪いことばかりではない、この惨禍を乗り越えた先によりよい未来をつかみ取るのだという決意のもとに書く。
まず、今まで絶望的なまでに普及しなかったテレワークが常態化した。東京はテレワークができる職種はだいたい対応しているし、秋田ではまだあまり聞かないが、それでも、社会的にテレワークが推進されているのは事実だ。テレワークは元来インターネットが存在するならいつだって切り替えることができた。それができなかったのはいまだに直に会って商談をしたい、会議をしたいという考えが大多数だったからだろう。しかし、実際やってみればわかるが、直に会って話すのもモニター越しで話すのもコミュニケーションの差に大差はない、と僕は思う。今回のコロナ騒動でオンライン飲み会やオンライン帰省をした方も多いだろう。でも別に普段と変わりなく話せたのではないだろうか? たとえば通信品質が悪くて映像が途切れ途切れになるとかでない限り、あまりストレスなく会話ができると思う。それにZoomやSkypeはデータも送れるし、そうすれば紙の資料を持参することもない。もちろん、友達とかだったら実際に顔を見たいと思うかもしれないが、仕事関係でじかに顔を合わす必要があるのだろうか? 僕はないと思うし、これからもテレワークを常態化すべきだと思う。そうすれば、家族と接する機会も増えるし、男性の家事・育児への参加も容易になるだろう。これは、おそらくコロナ禍ほどの危機がなければ実現できなかった変革なのだ。
また、問題になっているのはライブやコンサートの中止や延期に伴う損失だ。しかし、これもライブストリーミング配信という形で代替された。これについては今月号のサウンド&レコーディングマガジンのライブストリーミング特集にヒントを得た。
ここでは今後もライブストリーミングを常態化し、きちんと収益化モデルを作り、アーティストの活動の場として確立すべきだということが語られている。ライブだと秋田みたいな僻地はめったにツアーに来ないし、基本的に地方民は遠征しなければならない。しかし、ライブストリーミングであれば全国に限らず海外からも見に行ける。現在、YouTubeのライブ配信はチケットの有料化ができないが、ライブストリーミングのチケットを有料化し、きちんとした収益をあげられるようになれば今後も続けていくことでアーティストにとって大きな利益になるのではないか。ファンにとってもうれしいことだと思う。また、スタジオからの中継であればレコーディングのときとと同じ機材でライブストリーミングができることになり、レコーディングと同じ品質でライブが楽しめるという新しいライブの在り方も提示されていた。実はライブのマイクというのは耐久性の高い安物のマイクを使うことが普通で、これは観客の歓声やアンプからの大音響を拾わないための配慮である。しかし、スタジオからの中継なら話は別だ。
今回、アーティストのライブ配信を見てステイホーム期間を過ごした人も多いだろう。そしてその楽しさを実感したはずだ。コメントを書き込めばアーティストが反応してくれるし、曲のリクエストもできる。
ライブ配信にお金を払うということに抵抗感を感じるリスナーもいるかもしれない。しかし、ライブストリーミングを普段のライブとは違うものにすることでこの問題は解決できる。サンレコでは映像との同期をすることでライブ配信を一つの作品にする、ということを語っていた。また普段はやらないアコースティック配信にするのもファンにとってはうれしいだろう。
コロナとの戦いは長期化するようだ。で、あれば、今回のコロナ禍で生まれたもの、テレワークやオンラインでのコミュニケーション、アーティストのライブ配信を常態化することが必要なのではないか。そして、それは長期的に見てわたしたちにとってプラスになるのではないか。
政府が述べた「新しい生活様式」。これをコロナの完全収束まで継続しなければならないのだ。わたしたちは生活を根本から変えなければならない。そして、それは社会を変革するチャンスとなりうる。
アメリカではマドンナをはじめ著名人がロックダウン解除後の世界について、通常の生活に戻るのではなく、抜本的な改革を推進すべきだとの簡易書簡を公開した。(参照ページ下部: https://www.jiji.com/jc/article?k=20200508040040a&g=afp )近年の異常気象・環境破壊を鑑み、これが世界を変えるチャンスだととらえ、際限のない消費社会に終止符を打ち、経済を抜本的に変えるべきだと訴えた。
そう、これはチャンスなのだ。世界を文字通り変えるチャンス。コロナが与えたものは死と悲しみだけではなく、こうして新たな社会が今、形成されようとしているのである。そう考えれば、少しは気分が晴れないだろうか? 僕らは一歩でも前進することができたのだと胸を張れるのでないか? そして、いつか次世代にこんなひどい危機があったんだよと伝えるときに、後悔なく、あの危機を僕らは確かに乗り越えたんだと自信を持てるように、しっかりと緊急事態宣言下の生活を守らなければならない。大丈夫、もう活路は見え始めている。もう少しの辛抱だ。