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Yaeji「WHAT WE DREW」摩訶不思議なサウンドエスケープに中毒を起こすこと必死

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正直、Yaejiをとりあげるのはちょっと悩んでいた。まったくポップではないし、人によってはあまり受け付けない音楽だろうからだ。しかし、僕にとってはクリーンヒットだったし、まったく新しい音楽だと思うし、世間の注目も集まり始めているので、紹介しておこうと思った。

Yaejiは韓国出身でNY在住のトラックメイカーだ。日本語読みするとイェジって感じ。韓国語の曲も多く、韓国出身のアーティストとのコラボも多い。

彼女の音楽の特徴、それはどこまでも深遠なサウンドスケープにある。このアルバムを聴いた人はまるで別の世界に迷い込んだかのような、現実が解けて消えてなくなっていくような、それこそドラッグみたいな幻惑感に浸れることだろう。その特徴はパッドシンセの音作りとボコーダーによる広がりのあるコーラスによるものだ。パッドシンセというのはフワーみたいな柔らかい感触のする主にコードを担当するシンセなのだが、彼女の音作りはなんとも不思議で何回聴いてもどんなふうに音作りしてるのかわからない。ステレオレンジが異様に広く、どこまでも際限なく広がっていくような音像。そして、ボコーダーだ。ボコーダーというのはボーカルにかけるシンセのことで、実はロボットボイスが作れるほかにも、コードを鳴らすことができる。ボーカルはモノフォニック(単音)であるにもかかわらず、ハーモニー(複数音)を重ねて出力できるのだ。これを彼女は見事に使いこなし、単調なメロディラインを重層なハーモニーに変換してしまう。そう、このアルバム、歌モノでは全くないので、メロディは貧弱だ。なのに、ここまでボーカルが耳に入ってくるのはそのハーモニーの分厚さとボコーダーによるシンセ音への変換がサウンドスケープをより深みのあるものへと導いているからだ。その深淵を覗こうとするとその穴が底なしだったかのような、ちょっとクトゥルー的な想像を掻き立てられるようななんとも不可思議な音。

ビートメイクも実は素晴らしい。サンプルを重ねて印象的な音になるように試行錯誤している。思わず体が動き出したくなるようなビートではないが、ほかのアーティストでは感じられないような勢いと独特の揺れがある。このビートがシンセと交わることにより、独特のサイケな空間が出来上がるのである。

韓国の勢いはすさまじく、彼らはオリジナルな音楽は持たないのだが、人のまねをすることがうまく、コピーしたら120%と原曲を上回る出来で他を圧倒するのである。しかし、その母国韓国の音楽シーンとYaejiの作る音楽は真っ向から食い違っている。Yaejiはどこまでも自分のオリジンを貫くアーティストである。全世界どこを探してもこんな曲を作れる人は二人といない。まさに唯一無二。これはアーティストとしてすさまじい才能だ。たいてい、音楽家というのは誰かの模倣から始まり、模倣と模倣をつなぎ合わせて、いわば合成して新たな音楽を創っていくのである。しかし、彼女は最初から自分の音楽を追求している。それはなんとうらやましい才能なのだろう。誰もが求めては届かない場所に彼女はすでに立っている。音楽家にとって一番難しいことは真にオリジナルな音楽を創ることなのだ。