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[連載小説]夜伽の夢 第六章 平穏①

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 目が覚める。複雑な気持ちだった。夢の小さな恋心を僕は踏みにじってしまった。いっそ、言わなければよかったのかもしれない。それでも、僕たちは受け入れて前に進むことを選んだ。だから、後悔だけはしてはいけない。
これからは一人の女の子としてではなく、義理の妹として、夢を守っていかなければならないのだから。
リビングに向かう。姉さんが朝食の支度をしていた。
「おはよう、夜城。朝ごはん出来てるわよ」
「昨日、夢と話をした」
 僕がその一言を言うと、姉さんは手を止めてこっちをじっと見た。
「夢ちゃん、なんて言ってた?」
 姉さんは不安げに眉根をひそめる。
「うちの養子になることを考えてもいいって」
 それでも姉さんは怪訝そうな表情を崩さないまま僕に尋ねる。
「夢ちゃん、ショックを受けてなかった?」
 僕はそこで口ごもる。姉さんは夢が僕に恋愛感情を抱いていたことを知らない。それでも、僕がデートに行くことを知っていたから、なんとなく想像がついたのかもしれない。
「だいぶ混乱してるみたいだったけど……。なんとか受け入れてくれたみたい」
 僕がそう言うと、姉さんはほっと一息つくように表情が和らいだ。
「じゃあ、今日は一緒に夢ちゃんに会いに行きましょう。夜城も来てくれる?」
「もちろん」
「夜城がいるなら心強いわ。さ、ご飯食べて支度しましょ」
 朝ごはんを食べながら、ぼんやりと思う。明日からはこの光景に夢がいるのかもしれない。同じ食卓を囲むのはなんだか不思議な気がした。

 今日は姉さんの運転で病院に向かった。
そういえばいつも病院に来るときはバスを使っていたので、少し新鮮な気持ちがする。いつも通らない道を通り、目的地に向かう。しかも、姉さんと二人で。本当にここから新しい生活が始まるのだと、そのとき実感した。

病院の大きな駐車場に車を止め、二人で精神科病棟に向かう。精神科病棟は入口から東側のかなり離れたところにある。二人で歩いて向かいながら、そういえば夢は姉さんが嫌いって言ってたな、ということを思い出した。二人で来てしまったけれど、面会してくれるだろうか? 一抹の不安を抱きながらナースセンターに向かう。
「あの、朝、電話した朝倉と申しますけど……」
 姉さんがよそ行きの声で看護婦さんに話しかけると、
「あ、朝倉さんですね、ちょっと確認してきてもいいですか?」
と忙しそうに看護婦さんが答える。
 どうやら直接、夢に確認を取りに行くらしい。姉さんは何回も面会を断られてると言っていた。そのことをこの看護婦さんも覚えていて、わざわざ本人に確認を取ろうとしているのだろう。やっぱり少し警戒されているのかもしれない、と肌感覚で感じる。
数分してその看護婦さんが戻ってくる。
「朝倉さん、よかったですね! 会ってもいいって夢ちゃんが言ってますよ!」
 それを聞いて僕らはほっと胸をなでおろした。ここで面会を断られたら、なすすべがない。夢はとりあえず話は聞いてもいいと思っているということだ。あのときの言葉は嘘じゃなかったんだ。
夢の病室に向かう。
夢はベッドで身体を起こして僕らを待っていた。
 夢は隣の姉さんを見て、少し顔をしかめる。本当に嫌いなんだ、と僕は思う。
「夢ちゃん、今日は話があってきたの」
 姉さんが一歩前に出て夢に話しかける。
「ユキさんから話は聞いてます」
 夢は今まで聞いたことのないような刺々しい声色でそう言った。夢って姉さんと話すとき、こんな感じなんだ、と思った。本当に苦手なんだな。
夢が続ける。
「わたしがあなたの養子になるという件ですよね? そのことなら、そのまま話を進めてもらって構いません」
 夢の眼光は鋭い。まるで姉さんを値踏みするような目だ。こんな夢の姿は初めて見た。少し戸惑いを感じている自分がいる。
 しかし、姉さんはその一言で表情がぱっと明るくなった。
「そう! なら今からでも手続きを始めましょう! えーっと、なにからすればいいのかしら? 市役所に届け出を出して……、いや、その前に退院の手続きをしましょう!」
 姉さんが矢継ぎ早にまくしたてる。やっと夢を家族として迎え入れられるのが嬉しいのだろう。しかし、夢はまったく表情を変えずに、
「それよりも、わたしの部屋はあるんですか?」
と変わらず冷たい声で言う。
 姉さんは少し考え込んで、
「んーっと、たしか一部屋、物置小屋にしてる部屋があったわね……。あそこを片付ければ、夢ちゃんの部屋として使えると思うわ!」
と明るく答える。
「そうですか。退院の手続きは一度、主治医の許可を取らなければなりませんので、明日以降になると思います。今日の診察でわたしから伝えておきます。その間に役所での手続きを進めておいてください」
 夢はまったく表情を変えずに淡々と話す。
「わかったわ。じゃあ、明日またこの時間に来るわね。市役所と部屋の準備はこっちの方で進めておくから」
「お願いします」
 二人の温度感がすごい。姉さんは喜んでるけど、夢はとにかくこの人嫌いオーラを放っている。僕と話すときとは大違いだ。
 一通り話を終えると、夢は僕を振り返って、笑顔でこう言った。
「これからよろしくね、お兄ちゃん!」
 ……。夢って実は怖い女の子なのかもしれない。

病院の帰り道にさっそく姉さんは夢の養子縁組の手続きを始めた。どうやら未成年者の養子縁組には家庭裁判所の手続きが必要らしい。道中に家庭裁判所に立ち寄り、姉さんが申し立てを行った。許可が降りるまでしばらく時間がかかるとのことだったが、これで本当に夢は夜伽の姓を捨て、朝倉夢になるということだ。僕の義理の妹。複雑な関係性を辿ってきた僕たちだが、僕は義理の兄として夢を迎え入れることになる。そこには一定の責任が伴う。これからは一人の女の子ではなく、妹として、守る対象になるのだ。その責任を強く自覚しなくては。
さらに夢を家に迎え入れるために家具を調達にしに行った。少なくともベッドは必要だろう。必要なものはあとから買い足せばいいが、早ければ明日には夢は家に来ることになる。それまでに最低限の生活ができる部屋を用意しなくては。幸い、使っていない物置小屋が一部屋あったので、そこを夢の個室にするとして、ベッドを運び込んで組み立てる必要がある。
姉さんと一緒に組み立て式のベッドとマットレスを購入し、車に運び込む。姉さんの車は軽なので、だいぶきつかったが、マットレスが圧縮されていたのでなんとか積むことができた。
家に帰って、まずは物置小屋の掃除から。
要らないものは捨て、再利用できるものは他の部屋へと移し、さらにベッドを組み立てる。二人で三時間くらいかかってなんとか夢の個室を用意できた。最後に掃除をして、きれいになった部屋を見つめる。ここが新しい夢の家になるのだ。やっとあの病室から連れ出すことができる。夢は何を思うだろうか? 不安には思わないだろうか? 夢と姉さんはあの感じだから、たぶん、僕が間に入らないとやっていけないだろうな、と少しだけ先が思いやられた。それでも、ここから新しい生活が始まるのだ。止まっていた時間が動き出す。僕も、夢も、そして姉さんも、きっと同じ気持ちだろう。

 今日は疲れたので、コンビニでご飯を買って二人で食べた。こういうときにUber Eatsがあればいいのだが、田舎はほとんどバイクが走っていないため、コンビニで我慢。
姉さんはふぅっ、と一息、ため息を付くと、
「これでやっと夢ちゃんを迎え入れられるわね」と言った。
「肩の荷が下りた感じ?」
 僕が尋ねると、姉さんはゆっくり頷いて、
「ずっと病院に預けっぱなしになっていたことが気がかりだったから。ちゃんと家族として迎え入れられるのが嬉しいわ」
 姉さんはふと、僕の顔を見て、
「ねえ、夜城はどういう気持ち?」
と尋ねた。
 僕は一瞬、考えたあと、
「そうだね、なんか変な感じ。今まで友達だったのに明日から家族で、義理の妹なんてさ。こんなふうになるとは思ってなかったな」
 姉さんは少しいたずらそうに笑って、
「夢ちゃんってさ、夜城のこと好きだったんでしょ」
と、とんでもないことを聞いてきた。
 僕が慌てて何も言えないでいると、
「それくらい、なんとなくわかるわよ」と姉さんは平然そうに言った。
「夢ちゃんは今まで病院に一人ぼっちだった。だけど、夜城という友だちができて。あの日のお出かけってデートだったんでしょ? それにあなたと夢ちゃんとのやり取りを見てたらそれぐらい、誰にでもわかるわ」
 姉さんは少しだけ陰りのある表情で、
「だからこそ、夢ちゃんに真実を告げるべきか迷っていた。夢ちゃん、平気そうにしてたけど、だいぶ傷ついてるわね」
 姉さんはなんでもお見通しなんだなと僕は感心するしかなかった。
夢に真実を告げたときのことを姉さんに伝える。
「最初はすごくパニックになって。自分でも心の整理ができない感じだった。夢は……、たぶん、自分の気持ちを諦めたんだ。僕たちは義理の兄妹だから。受け入れるしかなかった。夢は今でもその傷を抱えているんだ。だから、その気持ちに応えてあげられない代わりに、せめて、そばにいて、支えてあげないと」
「そんなに気負わなくていいのよ」
 姉さんは優しく微笑みながら言った。
「ねえ、夜城。わたしたちはもう家族なの。これから家族になるの。だから、お兄ちゃん一人がなんでも背負い込まなくてもいいのよ」
 そう言って姉さんは僕の頭を撫でた。
「夢ちゃんの痛みも、苦しみも、もうわたしたち家族のものなのよ。あなただけが責任を感じることない。これは家族の問題なのよ。だから、みんなで一つずつ、解決していきましょ」
 その言葉が暖かく心にしみた。そのとき、はじめて自分が傷ついていたことを知った。夢を傷つけた代わりに、自分の心も血を流していたのだ。本当は伝えたくなかった。今のまま、普通の友達として接していたかった。その先には、もしかしたら恋人になれたのかもしれない。でも、僕はその道を切り捨てた。
未だに自分が正しい事をしたとは思えない。それでも、僕は夢を家族として受け入れると決めたのだ。その決意が揺らぐことはあってはならないと考えていた。
だからだろう。姉さんのその言葉を聞いて、僕は少し泣きそうになった。知らず知らずのうちに、自分の心を自分で縛り付けていた。
わたしたちは家族。そうか、この苦しみは自分だけが抱えるものじゃないんだ。家族で分かち合うものなんだ。そう思えただけで、自分の罪悪感が少しだけ和らいだ気がした。