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2019年総括

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今年はチャレンジの一年になった。今までsound cloudにしかあげてなかった音源をシングルリリース、youtubeへの投稿。どれも不発に終わったのはショックだったが、はじめはこんなもんだと誰もが言う。やはり続けて曲を作り続けることが大切だ、と。

しかし、僕は「disabled novel」と「WOR(L)DS」には絶対の自信を持っていた。しかし、これはボーカルレッスンをお試しで受けに行ったとき、先生に言われたことなのだが、「ボーカルが単調」「アレンジに変化がない」など非難囂々だった。普通の人が聞くとそうなのだ。しかし、僕はこの曲は近年の洋楽にみられる、トラップやビリー・アイリッシュなどの曲のようなベース重視の楽曲の影響を受けて作ったのであって、正直、聴いてほしいのはボーカルではなくてベースだけだし、なんならボーカルはおまけ程度に作曲しているときは思っていた。だから、その考え方が間違っていたのだ。普通の人はトラップなんて知らないし、秋田の人ならなおさら。そもそも一番に人が聞くのはやはりボーカルなのだ。ボーカルがおまけなら、インストでも作ってりゃいい。でもそうじゃない、やっぱり人に受ける者が作りたいからミクをやめて人に歌ってもらったのだ。だったら、やはりちゃんとボーカル重視、メロディ重視のものをつくらなければならない。もしかしたら、東京の人が聞いたら、ビリー・アイリッシュが好きな人が聞いたら違った意見が出てくるかもしれない。だけど、ここは秋田で、ある程度迎合しなければ目も向けてくれない。売れ線の曲をつくるように迎合するのは釈然としない。しかし、結局、売れなければ意味がないし、食べていけない。だから、もう、今後、このような曲は作らない。バンドアレンジ、ストリングスアレンジ、ブラスアレンジと生音主体のアレンジにしていき、ボーカルのメロディも練ってねって練りまくる。

来年こそはヒットを出す。

それから、来年1月からのフリーランスへの転向、これも大きい。

僕は常に自己犠牲的な優しさを追求しているところがあった。優しくなりたいなら自分を犠牲にするしかない。これは相当ゆがんだ思考だ。しかし、今年になるまで気づかなかった。だから、自分のやりたいことよりも他人がやってほしいと思っていることを優先した。結果何が出来上がったか。ただただ空虚な自分だった。自己犠牲的な優しさは誰も救わない。周りの人を不幸にするだけだし、自分も幸せになれないし、誰かに利用されるだけだ。だったら、もう、自分の好きなことをやるしかないじゃないか。だから、フリーランスへの決意ができた。今まで見捨ててきた、殺してきた自分とちゃんと向き合う、それが、これからの決意だ。

僕はもう、何度も周りの人に言っているが、音楽で食っていきたいと思っている。正直、この年齢でデビューは難しいと思う。だけど、プロデュースなら道はあるし、僕がなりたいのはあくまで作曲家なので、アーティストにならなくてもいい。僕が本当にやりたいのは作曲家と小説家だ。

正直、わかっているが、僕は音楽の才能は皆無で文章を書く才能のほうがある。だったら一念発起して長編小説を書けばいいじゃないか、と思うかもしれないが、長編を書くのはどう見積もったって一年はかかる。そしてそれで賞が取れなければ意味がない。正直、今そんなことに時間を割いてる余裕はない。なぜなら、音楽には賞味期限があるからだ。アーティストは30歳で円熟期を迎え、その後は停滞するだけだ、と言われる。そして刻々とその30のラインは迫ってきてる。小説はいくつになってもかける。それこそ、森博嗣なんか40歳でデビューしてるし、純文学系はもっと遅かったりする。だったら、今時間をかけるべきは音楽だろう、と。足りない才能を努力で埋めなければならない。

また、webデザイナーとしても活動していくわけだが、これは明確なきっかけがあって、ある人に自分のサイトを見せたら、こんなことができるんだったら本職でもやっていけるんじゃない?と言われたのだ。正直、青天の霹靂だった。このくらいのレベルでもいいのか、みたいな。僕は完全に独学でやってきたし、知識はあるが、本職の人とのつながりがなかったので、そのへんのことがわからなかった。

僕はずっと在宅で仕事がしたいと思っていた。ざわざわした環境にいると神経をすり減らしてしまうのだ。それでぐったりして帰ってくる。おそらくHSP(神経が過敏な人の総称)なのだと思う。だから、家でゆっくり仕事がしたいと常々思っていた。

そんなときだったので、もしかしたらフリーランスでもやっていけるんじゃないか、と思いついたのだ。

正直、僕はコネクションが薄い。福祉関連で多少つながりはあるが、斡旋してくれるかどうかはわからない。

しかし、案外と秋田のサイトはつくったけれど更新されていない、という状況が多いらしい。この前もそういう相談を受けた。だったらそれはビジネスチャンスだろうと。秋田というのはスキマだらけで、そこに入り込む余地はある。起業するなら秋田ほどやりやすい土地はないと思う。

不安はないでもないが、正直、来年の収入は少なくてもいい。徐々に増やせていけばいいと思っている。

今年は決意の年だった。来年は実行の年だ。しっかりと実りある一年にしたい。