歌い手としてキャリアをスタートさせたEveだが、彼はアルバムを追うごとに驚異的な進化を遂げている。伸び率ナンバーワンのアーティストと僕は思っている。
「文化」「おとぎ」で彼が見せたのは自らの内面世界。自分が生きている意味や、もう一人の自分に対する思いなどその対象は内的な衝動によるもので、それはアレンジにも表れ、Eveと言えば「ナンセンス文学」「お気に召すまま」のギターカッティングが印象的なダークでミドルテンポな曲を想像する人がほとんどだろう。
しかし、このアルバムでEveは化けた。内的衝動を、外へ向けて、具体的に届けたい相手がいる曲を書くようになった。
「心予報」は2020年のヴァレンタインのテーマ曲に起用され、一躍脚光を浴びた。ここにはその内的なダークさは垣間見せず、ひたむきに好きな人に思いを寄せて想いを届けようとする様子が克明に描かれている。その心模様に揺れ動くさま、あるいは恋のドキドキ感をエレクトロドラムで表現するところに新しさと驚きを感じる。
「白銀」もJR SKI SKIプロジェクトCMに起用され、(過去には[Alexandros]、back numberなどが担当)お茶の間を席巻した。そして、これもとてつもなく直球なポップソングである。
では、彼はポップシンガーになったのか?
いやいや、そんなことはない。
手塚治虫原作のアニメ「どろろ」の主題歌に抜擢された「闇夜」はよりアップデートされた彼の内省表現とダークな音像、しかし、それはもう内側に閉じてはいなくて、答えをそっと差し出すように、ダンサーが最後に手をおろすときの静寂のように、この曲は甘美なエンディングを迎える。
そして、特筆したいのが、このアルバムはインスト曲で終わると思いきや、「胡乱な食卓」という実に不穏な曲で終わる。ここが彼のおもしろいところだ。
こんなにポップなアルバムを作っておきながら、その余韻を、「やっぱり僕が創りたいものはこれじゃなかった」というように、自分が描いた絵を破り捨てるように、「胡乱な食卓」はエンディングの雰囲気を粉砕する。そこが、実に素晴らしいのだ。
おそらく、この「胡乱な食卓」がなければ、このアルバムはもっと売れて、評価されて、ポップなものになっただろう。だけど、それでは古参のファンが「Eveは変わってしまった」と嘆く。だから、僕にはこの曲がEveからファンに向けてのファンレターに聞こえる。「大丈夫。僕は今でもぐちゃぐちゃした自分を抱えて苦しんでいるよ。君と同じだよ。だから、もう少しだけ、一緒に付き合ってくれると嬉しいな」僕には彼がそう言っているように聞こえる。
ポップな曲は創りたかった。だけど、ダークな部分は隠しようもないし、それは自分の一部だ。だから、その個性を、この一曲に注ぎ込んだ。
僕は何度聞いてもこのアルバムの全貌が見渡せないでいる。いつも霞きった視界で終わってしまうのだ。だけど、だからこそ、何度も聴こうと思える。
そう、このアルバムはとても人間的だ。外に向けて発信しようとも、内側では常に迷いと葛藤が渦巻いている。そのEveの内面を僕たちは追体験するためにこのアルバムを何度も聴いてしまうのだ。それはもう、アートの世界に一歩踏み込んでいる。
彼は今後どのような道を歩むのか。それは彼自身の人間の成長とともにおのずと変わってくるだろう。ちょうど米津玄師がアルバムと自分の生き方を連動させて自分を変えてきたように。