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母の乳がん治療がすべて終わりました

Twitterやブログではお知らせしていましたが、6月に母の乳がんが見つかり、すでにステージ3だったこともあって翌月に手術・入院、その後、抗がん剤治療と放射線治療を継続してきましたが、今日、12月28日、化学療法の全工程を終え、治療が終わりました。

あとはホルモン療法になるので、服薬と月一の通院のみです。

ただ、いかんせん利き腕のリンパを切ってあるので、掃除はまだ僕がやらなければなりませんが、とりあえず、無事に終えることができて本当に良かったです。

この治療期間、様々なことがありました。

お母さんと大喧嘩を二回もしたり、僕が倒れて動けなくなってしまったり。

つらいこと、苦しいこと、死にたいと思ったこと、たくさんあります。

でも、この家族の危機を3人で乗り越えられたこと、最後まで投げ出さずにサポートできたこと、そして、本人が無事にがんを乗り越えられたことを本当に誇りに思います。

今年はもう、悔いはありません。やるべきことはやりきりました。

母の治療に付き添って、思ったこと

病気の人の面倒を見ることは本当に大変なんだなと感じました。お母さんはがんとの闘病のためか、気性が荒くなったり、きついことを言うことが増えました。それは仕方のないことだったのでしょうけど、僕としてはとても傷ついて、大喧嘩になりました。

でも、そのとき、思ったんです。過去に僕も同じようなことをお母さんにしてきたんだなって。理不尽なことを言って、病気のこと、うまくいかないこと、全部お母さんのせいにして逃げてきたなって。

だから、僕はもう逃げないって決めたんです。全部自分で責任を負って、やると決めたことはやり通す。もうみじめな思いをしたくないんです。いい加減、大人にならないと。

だから、僕は、この一年、本当に大変でつらかったけど、数年後にふり返った時に、あの経験があってよかったよね、と言える日が来ると思います。

お母さんは僕に理不尽なことを言われても、いつも僕に寄り添って、病院に付き添ってくれたし、なにより愛情をもって接してくれていました。それに気づいていないのは僕だけでした。

お父さんは、今年は出張が多くて、役に立たないこともあったけれど、一家の大黒柱としてお金に困ることがないくらいの収入を与えてくれます。お父さんの出張中、感じたのは、この家には僕と、お母さんと、お父さん、3人いないとダメなんだということでした。

あらためて、この家族のあたたかさ、3人の結束を感じた一年でした。

来年から、いよいよ本格的に僕はフリーランスとしての活動をスタートさせます。

30歳になるまでに自活できるようになるのが、僕の目標です。そのために、こつこつと努力を積み重ねていかなくてはなりません。

僕は障害者ですので、みんなと同じ速度では歩けません。だけど、一歩一歩を踏みしめて、お母さんに自慢できるような立派な大人になろうと思います。