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エーリッヒ・フロム「愛するということ」愛は技術である

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エーリッヒ・フロムという哲学者を知っていますか?
彼はフロイトの精神分析学、ユングの分析心理学、そしてマルクスの社会主義学から影響を受けた哲学者です。
多くの人はなぜ、精神医学と社会主義が結びつくのかと疑問に思われることでしょう。
しかし、彼の著書では驚くほど自然にこれら3つの学問が自然に融和され、一つの体系的な哲学をなしています。
彼はドイツ生まれでしかもユダヤ系です。
ここまで言えばなんとなく察しが付くでしょう。
そう、彼はナチスドイツのファシズムを批判するために、マルクスの社会主義とフロイトやユングの精神医学を融合させたのです。
この辺の詳しい話が知りたい方は、「自由からの逃走」を読むと良いでしょう。
この本ではファシズムの勃興をフロムが精神医学をもとに分析しいています。
今回ご紹介するのは、エーリッヒ・フロムの中でもとりわけ有名な一冊、「愛するということ」です。
この本では「愛するということは才能ではない。愛は技術であり、努力により磨けるものである」と述べています。

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よく人は「恋に落ちる」という表現をします。
初めて会った異性に対して、心を奪われ、四六時中その人のことを考えてしまう。
これこそが本当の「愛」であると考えています。
しかし、フロムはこの考え方を否定します。
フロムは「愛は、人間の中にある能動的な力である」と述べています。

愛は能動的な活動であり、受動的な感情ではない。その中に「落ちる」ものではなく、「みずから踏み込む」ものである。愛の能動的な性格を、わかりやすい言い方で表現すれば、愛は何よりも与えることであり、もらうことではない、と言うことができよう。

エーリッヒ・フロム「愛するということ」

人は誰もが「愛されること」を渇望しています。
それだけ、現代社会は孤独にまみれているということですが、それだけではダメなのです。
自分はこの人のことを愛したいと決意し、相手に積極的に与えていくこと。
これこそが愛の本当の姿なのです。
では、僕たちは人を「愛する」ために具体的にどんなことをしていけばいいのでしょうか?


フロムは愛するという技術の修練に当たって必要なことを4つ挙げています。
それは、規律・集中・忍耐、そして最大限の関心を抱くこと。
ここまで来て、そんな一般的なことを言われても!と思うかもしれません。
しかし、フロムは「愛する」ということは、個人的な経験であり、自分で経験することでしか習得できないと説明しています。
そして、多くの人は必ず生きていれば誰かの愛を受けているのです。
親からの愛、友人からの愛、先生からの愛。
その経験を軸に、これら4つの技術を使って自分で育てていく他にないのです。


面白いのは、これらの技術はすべての技術の習得に必要なものであることです。


まず、第一に規律。規律正しくやらなければどんなことでも上達しません。
現代人は仕事を終えたらとにかくリラックスしたいと思っています。
しかし、それは怠けていたいという願望にほかなりません。
もし、人生に規律がなければ、人生はばらばらになって混沌としてしまい、何事にも集中できなくなります。


第二に、集中。現代では誰もが一度にたくさんのことをしています。本を読みながら音楽を聞いたり、ラジオを聞きながら家事をしたり。
とにかく一人で何もしないという時間に耐えられないのです。
しかし、こうした生活の中で集中のトレーニングはできません。


本書がおすすめしているのは、なんとマインドフルネスです。
僕はここに驚きました。
そういえば、アドラー心理学でもマインドフルネスについて書かれていました。
どうやら頭のいい人というのは極めると仏教にたどり着くようです。
マインドフルネスと言っても難しいことはありません。リラックスして椅子に座り、目を閉じ、邪魔してくる想念を振り払って、ただ呼吸に集中する。
こうすることによって人はより「私」を感じられるようになる、とフロムは述べています。
僕もこれを読んでから毎朝と寝る前に10分間のマインドフルネスを試しています。
これをやると頭が冴え、集中力が極限まで増し、どんなことでも集中して行えるようになります。


また、いわゆる、ながら作業を一切やめました。
ラジオを聞きながらブログを書く、音楽を聞きながら本を読む。
こういうのをすべてやめて、ラジオを聞くならラジオに集中する。
音楽を聞くなら音楽に集中する。
これを徹底することにより、頭がより澄み渡り、集中力を手にすることができるようになります。


第三は忍耐。何かを達成するためには忍耐が必要です。前述したマインドフルネスも忍耐のトレーニングです。
ついつい、今何分たった?と確認してしまいそうになりますが、我慢。
集中するということは、今ここで現在を生きること。何かをやっている間は次にやることは考えない。この能力がマインドフルネスによって鍛えることができます。


最後に、最大限の関心を抱くこと。これは技術を身につけるための必要条件のひとつです。
「愛」というものに対し、「愛とはなんなのか?」「今、自分は人を愛せているのだろうか?」こう自問し続けるのです。その中でこそ、愛の技術は磨かれていきます。


フロムはこれらの4つの考え方を踏まえたうえで、ひとつのヒントを与えています。


それは相手の話をよく聞くことです。
人は相手の話をろくに聞かずに生半な返答で応対してしまうことがよくあります。
これが良くないのです。
相手と会話するときは、相手の話に集中しましょう。
そして、相手が何を考えて何に悩んでいるのか、それを考え、真剣に受け止めてあげる。
これだけで人間関係はずいぶん好転するでしょう。
そして、それとともに、くだらない会話を避けましょう。
常套句ばかりの会話や言葉に心がこもっていない会話は意味がありません。
もっと会話に集中しましょう。
相手の話を聞き、自分の言葉で話す。
これが「愛する」という技術を身につけるために、日常、やるべきことです。


どうでしょうか?あまりにも平凡な解答だと拍子抜けしましたか?
ですが、これらの技術は愛の技術のみならず、すべての技術に共通する事柄です。
規律・忍耐・集中。
これらを身につけることでわたしたちはどんな能力も手にできるでしょう。
そして、そうした生活の中で徐々にわたしたちの中で「愛する」能力が育っていくのです。


出家したお坊さんは朝早く起きて、ご飯を食べ、一日をかけて寺の掃除をします。
このとき、お坊さんは常に「今、ここ」に集中しています。
ご飯を食べているときは、ご飯の感触を。
廊下の雑巾がけをしているときは、手の雑巾の感触や、腰の痛みに。
まさしく、規律・忍耐・集中を体現しているのです。
世俗から離れ、日々の規律だった生活に集中することによって悟りを得るのです。


僕たちも、「今、ここ」に集中しましょう。
今、眼の前にいる人に真剣に向き合い、彼・彼女らのために自分が何をできるか考えながら、話に耳を傾け、会話をしましょう。
そして、そのために規律だった生活を心がけ、マインドフルネスで集中を磨き、忍耐力を得ましょう。


まずは、ながら作業を止め、一つのことに集中する習慣を身に着けましょう。
一長一短に身につくものではないですが、修練とはそういうもの。
「愛」と向き合い、様々な人との関わりの中から、本当の意味で人を「愛する」技術を育てていきましょう。

愛するということ-エーリッヒ・フロム