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[小説]Black Lives Matter-第二章

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家に帰って、浴びるように酒を飲んだ。銘柄は何でもよかったので、戸棚に入っていたウィスキーをロックで飲んだ。俺はそんなにお酒に強くない。すぐに酔うだろう。吐くかもしれない。だけど、そんな自堕落なことをしない限り、やってられなかった。
 俺はなんで音楽を始めたんだっけ? 家のギターを眺め、思う。
 そうだ、じいちゃんが音楽好きだったんだ。
俺は自分の意思で8年前にアドミゼブルに入国することを選んだ。きっとまだ若かったのだろう。この国の未来に期待していた。
だから、両親は隣国のグリートに住んでいる。もう八年も会えていない。じいちゃんは10年前になくなった。
じいちゃんの家には、たくさんのCDやレコードがあった。今の時代にそんなオールドメディアで音楽を聴く人なんて物珍しかったけれど、じいちゃんにとっては自分の青春を共に過ごした宝物だったのだろう。
 そういえば、じいちゃんから一枚だけレコードを譲ってもらった気がする。レコードプレーヤーももらっていたはずだ。じいちゃんが死ぬときに持たせてくれた、形見だ。
 そうだ、じいちゃんの家では俺の知らない音楽がいつもかかっていた。その音に圧倒されてギターを始めたんだった。
 あのレコード、どこにやったっけ?
 押入れを探すと、奥のほうに一枚のレコードとプレーヤーがほこりをかぶって眠っていた。
 レコードには真っ黒な顔の男のアイコンの上に、ストリートっぽい文字で「Black Lives Matter」と書かれていた。
 何の意味だ? 黒い命は大切? 黒い命ってなんだ?と考えて、ああ、黒人のことか、と思った。
 2070年代にヒトゲノム操作技術が発達し、生まれてくる子供の肌の色を変えることができるようになった。じいちゃんは黒人だったが、俺の父さんは肌は白い。じいちゃんは頑なに拒んだようだが、ばあちゃんに説得されてゲノム編集を行った。父さんが生まれた2080年代には10%ほどだった黒人の割合は1%にまで減少していたため、世の中に合わせたのだろう。今、現在、2120年の黒人の割合は0.01%。わずかばかりの途上国にしかいない状態で、先進国はほぼ100%白人だ。
 過去に黒人が差別されていた、というのは歴史の授業でも、しいちゃんから直接聞いた話でも知っていた。もう100年前の話で、いまでは人種差別なんて言葉、ついぞ聞いたことがないが。みんな同じように白い肌をしているからな。アジア系やヒスパニック系もゲノム編集を受けたと聞く。今では白い肌以外考えられないのだ。差別が起こるはずもない。
 スピーカーに接続し、レコードに針を落とす。レコードの聴き方はじいちゃんが教えてくれた。
 このプレーヤーはオートではない。じいちゃんのこだわりだ。自分で針を落とす必要がある。じいちゃんいわく、レコードのもっとも素敵な時間は、針を落として、一音目がスピーカーから流れる、その一瞬だ、と言っていた。それは、俺がギターをチューニングして、一音目を鳴らすときの感覚によく似ている。
 ゆっくりとレコード回り出す。数秒間のノイズがスピーカーからこぼれだす。ずいぶん、劣化してるな。これは年代物だろう。
 次の瞬間、スピーカーから怒号のような爆音が響いた。思わず、飛び上がってボリュームを下げる。
 なんだ? この音? ボリュームを下げても、ずっとひずんでる。プレーヤーが壊れたか? いや、違う、意図的にひずませてるんだ。でも、どうやったらPro toolsでこんな音が出る? ディストーションなんて今日日使わないぞ?
 しかも、リズムはめちゃくちゃだった。ドラムは、ちょっとジャズっぽいけど、キックとスネアがでかすぎる。ときどき、ゴーストノートが入る。やけに多い。
 ベースのこの弾き方はなんだ? ちょっとベンドされてる。常識的にその弾き方はないだろ!
 あと、なんだ、このエレピ! まさか、ギターのアンプにつないでる? 言語道断だろ!
 ギターは16ビートを奏でているのに、相当、ひずんでいる。リズムもよれてる。あと、ひずませすぎ。だけど、なんか心地いいな。
 サビに入って、パァーという音とともにブラス隊が入る。
 俺は、音楽家として憤慨しながら、その型破りな音に惚れこんでいた。
 この強く、バンド全体でスウィングする不可思議なビート。どこまでもひずみを追求したロックなスタイル。
 だけど、ロックとは違う。
 え、何が違うんだ?
 そう思ったとき、自分が足でリズムを取っていることに気が付いた。
 そうだ! これはダンスミュージックだ!
 ダンスミュージックといえばもはやEDMのイメージしかない。
 だけど、これはシンセサイザーが出る前の音楽、生の楽器だけで人々を躍らせることができる!
 俺はその夜は、ずっとそのレコードを聴いていた。酒を飲むどころではない。ひたすらに興奮していた。

 翌日、バンドのメンバーにそのレコードを聴かせた。みな、一様に、最初は眉をひそめ、そして、だんだんと楽しい顔になってくる。このレコードは聴く人に元気を与える。
 カロンが興奮気味に言う。
「これ、スラップっていう奏法だよ! 親指で弦をはじくんだ。師匠がこっそり教えてくれたけど、この国では禁止されてるからな」
 イリスが空中で指を動かしながら言う。
「このリズム感、すごい……。ところどころ、アドリブで弾いてる……。たぶん、譜面はないんだわ。セッションでこのクオリティ……」
 いつも無表情のアーノンが上ずった声でつぶやく。
「サビのホーン隊、すごい……!」
 クルトがやはりエアドラムをしながら叫ぶ。「はちゃめちゃなリズムだな! でも嫌いじゃないぜ! めっちゃロックだ!」
 みんなの反応を見て、俺が提案する。
「なあ、この曲、コピーして……、それで……、ライブで披露しないか?」
 俺の提案にみなが眉を顰める。
「でも、これ、演奏するのって法律違反じゃないの? レジリエンスが黙っちゃいないよ?」
 カロンが不安げに言う。
「でも、俺はやりたいぜ! ずっと、めいっぱいドラムを叩いてやろうと思ってたんだ! ディランじゃできないからな!」
 クルトがガハハと笑う。
「でもA.I.Dに目を付けられるのは……」
 イリスも眉をひそめている。
「でも、僕は吹きたい」
 珍しく、アーノンが強気で言った。
 その言葉に皆の心が少し動いたのがわかった。
「なあ、みんな、ビートルズだとか、カーペンターズだとか、飽きただろ? そりゃ、いい曲だけど、その……、なんというか……」
 俺が言い淀むと、アーノンが無表情で言う。
「興奮しない」
「それ!!!」
 みなが一様に声をそろえた。
「週末の演奏予定は、F16ブロックのクラブカルトだ。あそこならレジリエンスの支配も若干、薄い。とりあえず、そこでやってみて、様子を見よう。反応によっては、A.I.Dも許可するかもしれない」
 俺は息を吸い込む。
「戦わなければ勝てない!」
 みんなが笑う。俺の好きな漫画のセリフだ。
「戦え!」
「戦え!!」
「戦え!!!」
 みんなで叫び、さっそく耳コピの準備を始めた。