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[小説]Black Lives Matter-第五章

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 三か月後、百万名の署名が集まった。その知らせが来たのは、ライブ中だった。そのことを報告すると会場から歓喜の声が湧きあがった。
「これで俺たちは自由だ!」
「やっとA.I.Dに報復できるぞ!」
「今こそ民主主義を取り戻す時だ!」
 ”Black Live Matter! Black Lives Matter!”と大合唱が鳴り響く中、俺はその光景を見て泣いていた。見なくてもわかる、メンバー全員、涙していた。
 これだけの光景を見られたのは、俺たちが苦汁をなめ続けたからだ。その中で必死にもがき続けたからだ。まだ、あきらめていなかったからだ。その意思の炎が燃え尽きない限り、音楽は死なない。そう、思った。
 
 2120年3月26日、グレイの団体と俺たちBlack Lives Matter、そしてそのファンが集まり、俺たちの始まりの地、クラブカルト周辺で一万人規模のデモを行った。
 この場所を選んだのは、まず第一にオーソサエティタワーから距離を取るため。大規模なデモを行ったら確実にレジリエンスが出動してくる。その際、デモ隊に危害が及ばないように、わざと辺境の地を選んだ。
そして、ここは俺たちが初めて”Black Lives Matter”として演奏した場所だ。そこでデモを行うのには大切な意味があった。
 グレイの話によれば、アドミゼブルはそもそも民主主義ではないので、議会を持たない。であれば、A.I.Dが直接統治するレジリエンスを引き出し、彼らからA.I.D本体へと署名提出を行う。これが最も速く、合理的な手段だ、と言われた。
 もちろん、デモとはいっても、暴力は禁止。もし、レジリエンスが署名を棄却することがあれば、すぐに退却する、というのが俺たちが安全策として出した条件だった。ファンに危害が及ぶのは本懐ではない。
 デモ隊は「FREEDO MUSIC」「TRUE EXPRESSION」「DEMOCRACY」などと書かれたプラカードを持った人たちが次々に訴える。
「表現の自由を認めろ!」
「我々はA.I.Dに屈しない!」
「必ず自由を取り戻す!」
 そして、人々は”Black Lives Matter!”と叫ぶ。彼らにとって、いや、俺たちにとって、それこそが自らがここにいる意味であり、自由であることの証左なのだ。
 やがて、騒ぎを検知したレジリエンスが10機、現れた。先頭の一機が赤い機体、他はすべてグレーだ。赤い機体が指揮官だろう。
赤いレギオスが機械音で警告する。
「あなたたちはA.I.Dが危険因子であると認定しました。いますぐ、ここを立ち去ってください」
 そこにグレイが勇み出る。
「我々には提案がある。アドミゼブル憲法第十四条に基づき、ここに国民の十%、百万名の署名を集めた。A.I.Dによる回答を求む」
 レオスの端末からは百万名による電子署名がホログラム上になって表示されている。それを赤いレギオスに送信した。
「承諾しました。A.I.Dによる回答を待ちます」
 そこから、長い沈黙が訪れた。レギオスたちは微動だにしない。赤いレギオスはうつむき、そのヘルメットにはプログラムコードがうっすらと透けて見える。
 生身の人間とアンドロイドによる交渉。それはある種、異様な光景だった。しかし、この国の現状をよく表す場面だと言えるだろう。
 一分か、三分か、俺たちにはその時間が一時間にも思えた。
 やがて、赤いレギオスが顔を上げた。
 彼はこう言い放つ。
「A.I.Dによる回答を述べます」
 それは緊張の一瞬だった。肯定されるのか、否定されるのか。なぜか、背筋がうすら寒くなった。
「我が国、アドミゼブルはすでに国連から除外されています。その段階で国連側が作成したアドミゼブル憲法は破棄されました」
「破棄……、だと?」
 俺たちに動揺が走る。そんなこと、国民には開示されていない!
「A.I.Dはアドミゼブル国民に、現在、政策に対する意見陳情は認めておりません。署名を集めたところでお受けできません。アドミゼブル憲法を一方的に破棄していたことについて、報告を行わなかったことは国民による動揺を危惧したものです。どうか、ご理解ください」
 そこで、赤いレギオスは慇懃に一礼した。
 去れ、という意味だろう。
「ふざけるな! なぜ、そんな重要な情報が開示されていない! こっちはそれに従ってちゃんと署名を集めたんだぞ! それでもA.I.Dは棄却するのか?!」
「A.I.Dは国民に選択権を与えておりません。すべて、A.I.Dによる独裁を行うのが、最もこの国を運営するうえで最適だと判断しております」
「誰がお前らなんかに独裁権なんか渡した! 今の時代に独裁だと?! ふざけるんじゃない! 終戦から百七五年経ってるんだぞ!」
 デモ隊からも抗議の声があがる。
「俺たちは自らの権利を主張する!」
「A.I.Dが何を守っているというんだ!」
「そもそもAIに統治を任せたのが間違いだったんだ!」
 民衆のいらだちはピークに達していた。それは俺たちメンバーも同じだ。あれだけ苦労して集めた百万もの署名がゴミくず扱いだと? これでのうのうと帰れるはずがないじゃないか!
「これ以上、デモを継続する場合は、武力行使を行う備えがこちらにはあります」
 後方九機のレギオスが戦闘態勢を取る。彼らが本気を出せば、人間のろっ骨など一瞬で粉砕できる。ここが潮時だった。
 グレイの背中に向けて言う。
「もう、これ以上の交渉は無意味です。武力衝突が起こる前に退却しましょう」
 その言葉を言うことが自分にとってどれだけの恥だったか。自らの努力を自ら水泡に帰す言葉だった。それでも、俺らをここまで導いてくれたファンの人たちに傷ついてほしくなかった。すべては俺たちの甘い考えが引き起こしたことだ。俺たちが責任を負わなければならない。
 グレイの肩がふるえている。きっと彼も悔しさを押し殺しているのだろう。
「俺はあきらめない……」
 グレイは震えた声で確かにそうつぶやいた。
「え?」
 グレイは傍らに抱えていた無線機を手に取り、こう言い放った。
「交渉決裂、作戦はプランBに移行、戦闘態勢」
 次の瞬間、目の前に砂塵が巻き上がり、何かが物陰から現れた。
 それはまるでレギオスそっくりのアンドロイド……、いや違う。あれは隣国グリートが開発した最新式のパワードスーツ? その数、ざっと五十名。
「どういうことですか、グレイさん! 交渉が決裂したらおとなしく退却するって話だったじゃないですか?!」
 俺はグレイに詰め寄った。
 しかし、その眼はもう戦士の眼だった。そのときにやっとわかった。はじめからこの男を信用していたわけではない。その口調、そして、明らかに人権団体の人間ではない体つき。そうか、こいつは今までレジリエンスに屠られてきた反政府組織の生き残りだ。署名が棄却される可能性も計画の範疇。ここはオーソサエティタワーからかなり離れている。そこからレジリエンスの軍隊を派遣したとしても、時間はかかる。その間に増援部隊を用意できるとしたら?
 次の瞬間、俺の脇をパワードスーツの戦士たちが土煙をあげて、レギオスへと疾駆する。
 あのパワードスーツは二足歩行ではなく、脚部部分がローラーとなっており、モーターによる回転で高速での移動を可能にする。レギオスは二足歩行だから、こちらの方が分がいい。人間の力はスーツによって30倍まで増幅され、それはコンクリート壁を破壊するまでの威力を持つ。もちろん、レギオスの躯体だってコンクリート以上の鋼鉄さを持つが、おそらく、それが目的ではない。
 さっき、手元が見えた。そこには手に収まるほどのデバイスが握られていた。レギオスの頸部背面には有線通信と充電用の接続プラグがある。おそらく、そこに差し込み、ハッキングするつもりだ。
 だから、これはあくまで速度の勝負。レギオスが動き出すよりも前にハッキング装置を埋め込めば、プログラムが駆動して、レギオスの動きは止まる。そのあと、レギオスの回線通信を通して、A.I.Dへのハッキングが行われる。バックにも大勢のハッカーが絡んでるはずだ。
 高速で接近する戦士たちに対し、レギオスの反応は遅い。まだA.I.Dからの待機命令が解除されていない。それもおそらく数秒。赤い指揮官が戦闘態勢を命じれば、すぐに虐殺が始まる。
 しかし、戦士たちの方が速かった。はじめに指揮官クラスのレギオンの両腕、両足を4人がかりで拘束、身動きが取れないうちに、もう一名が背後からハッキング装置を差し込む。
 一瞬、電流が走ったようにレギオスの体が硬直する。頭部のヘルメットには数えきれないほどのエラーが表示され、やがて動かなくなった。
 戦士たちは次々にレギオスを拘束、ハッキングしていく。それは訓練された兵士にしか見えなかった。
 最後の一体がエラー表示を出したまま、力を失った。やったのか? いや、そんな甘いものじゃない。
 グレイの無線機から声が響く。
「活動停止を確認。外部への通信履歴、なし」
「プランB、第2フェーズへ移行。ハッキング開始」
 グレイは冷たく機械的に言い放つ。
 俺はグレイに近づき、嘲りの目でにらみながら聞いた。
「バックにはどれだけのハッカーがいるんです?」
「ざっと、1万人だ」
「……、それだけでこの世界一の量子コンピューターをハックできるとでも?」
 すると、グレイは軽く笑った。
「君たちもA.I.Dからの支配から逃げ出したかったのではないのか? ならば、手を貸したものとして、この作戦を信じてもらってもいいものだと思うけどね」
「信じられるか!!」
 俺は耐えきれなくなって叫んだ。グレイの襟首をひっつかんで、その憎らしいすました顔に罵声を浴びせる。
「俺たちの音楽はこんなもののためにあるんじゃない! 俺たちのファンは、誰も闘争を望んでいない!」
「そうかな?」
 グレイは不敵にほほ笑んだ。
「後ろを見てみろ」
 はっとして、俺たちの背後、デモ隊の方を見る。今まで戦士隊の動きに気をとられていた。
 彼らは、レギオスが倒れるのを見て、喜びの雄たけびをあげた。
「やっとA.I.Dから自由になれる!」
「俺たちは勝ったんだ!」
「ありがとう、Black Lives Matter!」
 その光景に唖然とした。彼らはこの作戦に勝機があると思うのか? いや、そうではない。ただ、俺たちを苦しめていたレギオスに一泡吹かせたことを喜んでいるだけだ。そのあとにどんな惨劇が待ち受けているかもしれずに。
 襟首をつかんだままのグレイに問うた。
「もし、A.I.Dのハッキングに失敗したらどうする?」
「そんなこと、想定内だ。反政府部隊が移動式レールガン五機とパワードスーツ部隊百名を追加でよこしてくれる」
「お前は本当に戦争をするつもりなのか!」
 グレイはうすら寒い微笑を浮かべた。
「俺はこの眼で何人もの仲間が死んでいくのを見てきた。すべて自由のためだ。俺のこの命も、自由の灯のためにくべるためにある」
「お前はっ……!」
 言いかけて口をつぐんだ。そもそも、きっかけを与えたのは俺なのだ。俺が署名活動を起こさなければ、この反乱は起こらなかった。起こったとしても、俺たちのファンが巻き込まれることはなかった。
 そのとき、グレイの無線機から悲鳴のような声が響いた。
「おい、グレイ、すべてのプログラムコードがはじかれる! こちら側がハッキ……」
 そこで無線は途切れた。
 瞬間、轟音が響いた。それは、今まで倒れていたはずの指揮官クラスのレギオスが、押さえこんでいた四名のパワードスーツの戦士たちを、一振りでタワーの壁面に叩きつけた音だった。彼らはその衝撃でタワー壁面に一部、めりこんでいる。
 次々にレギオスが復活し、戦士たちを薙ぎ払っていく。
「くそっ、有線接続でもレギオスを止めることすらできないのか……!」
 グレイはそれでも動じた風には見えなかった。むしろ、ここからが彼らの主戦場なのだろう。これまでの反乱デモも、おそらくそうであったように。
 一体のレギオスは一人の戦士に馬乗りになり、その胸部を殴りつけている。もう、その戦士に意識はない。
 あるいは、戦士の頭部を握りしめ、壁に殴りつけているレギオスもいる。
 執拗に胸部を足で踏みつけるレギオスも。
 それは明らかに虐殺の光景だった。
 指揮官クラスの赤いレギオスが警告を放った。
「あなたたちは、我々、レジリエンス、およびシステムA.I.Dに重大な損傷を負わせようとしました。これを戦闘行為事案と判断し、これより、その掃討にあたります。我々は不穏分子を一掃することを第一義とし、A.I.Dの一存により、戦闘行為者の生存を問いません。もし、戦闘行為を収束する意思がある場合は、身柄の拘束を前提に戦闘を中断する措置を取ります」
 パワードスーツの鋼鉄の鎧がミシミシときしんでいく。このままではあの人たちの生命が危ない……!
「もうやめましょう、グレイさん! これ以上戦闘を続けても、犠牲者が増えるだけです! 俺たちは負けたんです!」
 グレイは首を振った。
「いや、一度始まった戦闘にはけりをつける。通信装置が回復次第、すぐに増援を呼ぶ」
「そんなことをしても無意味です! レギオスは戦車の装甲すら破壊できるんですよ!」
 グレイはそれでも、その瞳を燃やし続けていた。
「俺たちの反乱はこれが最後だ。これ以上の兵力は残っていない。ここでけりをつけられなければ、俺たちは一生、A.I.Dの支配から逃れられない。俺たちの自由が、この一戦にかかっているんだ!」
 なおも、戦士たちへの攻撃は続く。パワードスーツはへしゃげた鉄塊になり下がっていた。これ以上は、看過できない。俺がきっかけを作ったんだ。俺が、責任を負わなければならない。
 俺は、ただ、立ち尽くし、こちらを睥睨するだけの赤い指揮官に向けていった。
「俺が署名およびデモの首謀者です。俺の身柄の引き渡しとともに、戦闘行為のただちの停止を求めます」