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[小説]Black Lives Matter-第三章

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 週末、クラブカルト楽屋。俺たちは緊張の面持ちでそれぞれに練習をしている。
 「Black Lives Matter」は雑なようでいて、たくさんのスキルを要求していた。ひずんでいてよくわからなかったが、この楽曲に参加しているミュージシャンはすべて超一流の技術を持っていた。そのうえで、あのリズムの狂った、アホみたいにバカでかい音を鳴らしている。
 クルトは久々にまめができたと言っていた。カロンの親指も血豆だらけだ。俺も、あのスピードの16ビートカッティングについていけず、ひさびさに弦を切った。アーノンはリズムが複雑すぎるとリハスタで最後まで残って練習していた。イリスはクラシック出身だから、そもそも16ビートを理解するのに手こずった。
 それでも、なんとか形にして、当日を迎えた。
 ライブハウスにはこの曲を披露するとは言っていない。場合によってはレジリエンスに目をつけられる可能性がある。それでも、俺たちは、やると決めた。
「出番です。……えーっと、あれ、あなたたち、バードってバンド名じゃありませんでしたっけ?」
「バンド名、変えたんです」
 リーダーの俺が答える。
「そうですか、えっと、じゃあ、再登録しておきますね」
 スタッフがタブレットを操作し、バンド名の再登録を行う。
「それでは、Black Lives Matterのみなさん、よろしくお願いします」
「はい!!!」

 ステージに上がり、各々、サウンドチェックとチューニングを済ませる。
 ここは場末のライブハウスだから、お客さんはもうだいぶ出来上がっていた。普段だったら、また、ビール瓶が飛んできてもおかしくない。だけど、今日は違う。
「えー、みなさん、こんばんは。Black Lives Matterです」
 ここには何度も演奏しに来ているが、もちろん覚えてくれている人などいない。こちらに視線も向かない。また始まったか、という冷たい雰囲気と視線。構わず、客は飲み続ける。それでも、構わない。
「俺たち、ミュージシャンはアドミゼブルの推奨した音楽をみなさんに聴かせることが仕事です。その仕事に対して誇りだって持っています。しかし、正直、もう飽きました」
 舞台袖のスタッフが目をむく。
 今の発言はよろしくなかっただろう。特に、ミュージシャンが言うなら。
「俺たちには自由を宣言する権利があると思います」
 少しの客が俺の演説に耳を傾けてくれているようだ。ありがたい。
「俺のじいちゃんはアフリカ系の黒人でした。父さんはゲノム編集で肌の色を調整したので、僕はまったく黒くありませんが」
 だんだんと客席の注目を集めている。これでいい。
「じいちゃんはよく言っていました。黒人は音楽で政治と戦ってきた、と。第2次世界大戦後の黒人の扱いは散々だったようです。それに対し、黒人はジャズという音楽で自らの存在を叫びました。今でも名を連ねる、チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーンたちです」
 すでにライブハウスの全員が、静かに、神妙な面持ちで俺の演説を聞いていた。きっと中には元黒人も多いのだろう。
「時が経って、2020年5月25日、白人警官が黒人の被疑者を頸部圧迫により死亡させるという事件が起きました。この事件は、殺害された黒人の名前をとって、ジョージ・フロイド事件と呼ばれています」
 これはネットと電子書籍から仕入れた情報だ。アドミゼブルはA.I.Dが情報統制を行っているため、なかなか難しかったが、人種差別問題には特に関心がないらしい。
 時にうなずきながら、お客さんは静かに聞き入っている。
「その時、立ち上がったのが、Black Lives Matterというムーブメントです。当時、パンデミックのさなかにもかかわらず、デモやSNSでそのムーブメントは全世界へと波及しました。そして、やはり、黒人は音楽で人種差別と戦ったのです。彼らが手にしたのはたった一本のマイクとDJ、そう、ヒップホップです」
 後ろの方でライブハウスのスタッフが止めるべきか協議している。構わない。マイクを止めたければ止めればいい。その時は叫ぶ。
「その後、世界は人種差別を撤廃し、ダイバーシティ構想の下、公平な人権と政権運用がもたらされました。しかし、2070年代に出てきた、ゲノム編集技術のせいで、俺たちはアイデンティティである黒い肌を失いました。ですが、俺は自分が黒人であると、まだ、その心は黒く染まっていると、ここに宣言します!」
 一部の人がオーッ!と声をあげる。おそらく彼らも同じ気持ちなのだろう。
「俺は、俺たちは黒人のままです。だから、音楽の自由を奪われた、踊ることを禁じられたこの国で、音楽を奏でます! 聴いてください、”Black Lives Matter”」
 振り返ってメンバーに合図を送る。上手側、キーボードのイリス、トランペットのアーノン。真後ろ、ドラムのクルト。下手側、ベースのカロン。そして、俺、レオ、ボーカル&
ギター。
 クルトの4カウントともに演奏が始まる。この曲は歌始まり。トランペットのアーノンに合わせて歌う。客席の注目を一身に受ける。こんな感覚は味わったことがない。
 ドラムのクルトとベースのカロンが加わり、アンサンブルが増す。PAにはキックとベースの低音をひずんでもいいからとにかくブースとするように伝えてあるため、腹にずしんと低音が来る。
 そして、イントロ、ここはアーノンの出番。俺が下がって、アーノンに前に出てもらう。
 お客さんはその突拍子もないリズムに戸惑っているようだったが、次第に笑顔になり、ハンドクラップが起こる。あったまってきたじゃないか……!
 Aメロ、Bメロはひたすら16ビート。ベースのカロンのスラップと、エレピのイリスの高速バッキングが絡み合う。もちろん、ドラムのクルトもアクセル全開だ。俺も歌いながら、そのアンサンブルにひたすら食らいつく。
 そして、サビ、再び、トランペット・アーノン、フォールを繰り返しながら、ファンキーなリズムを叩き込む。
 会場中のお客さんは総立ちだった。みんな、一様にリズムに合わせてハンドクラップしてくれる。こんなに盛り上がったのは初めてだ!
 2番になって、若干、カロンのスラップが怪しくなってくる。それにあわせてイリスとクルトのリズムも崩れ始める。あきらめるな、必ず、最後まで弾ききるんだ。
「最高だー!」 
「黒人でよかった!」
「こんなライブは久々だぜ! 若いころを思い出すな!」
 みな、一様に笑顔で踊りながら楽しんでくれている。こちらの体力も限界だが、その顔を見れただけで、もう少し、とまた一団ギアが上がる。
 おいおい、クルト、そのリズムは速すぎるぞ。イリスがついていけてない。俺もだけど。カロン、スラップが甘い。だけど、それもありだ。アーノンの顔は真っ赤だ。この曲、ブレスタイミングないからな。そういう俺も、喉はやられてるし、ピックはさっき、折れて、取り替えた。
 そして、演奏が終わる。
 万雷の拍手で俺たち讃えられた。
「最高だった!」
「あなたたちのファンになったわ!」
「また演奏聴かせてくれよ! 次も来るからな!」
 俺はもう泣いていた。嬉しくて、楽しくて、ありがとうという言葉しかでなかった。
 今まで生きてきてよかった。この瞬間に立ち会えてよかった。ミュージシャンを選んで良かった! 間違いじゃなかった!
「みんな、ありがとう!」
 メンバーもみんな泣いていた。そのまま、客席の拍手を浴びながら、楽屋へと戻った。