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millennium parade | 「アート」と「ポップ」は共存できるか?

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King Gnu(Guitar & Vocal)常田大希のソロプロジェクト「millennium parade」のアルバム「THE MILLENNIUM PARADE」がリリースされた。

millennium parade自体は2019年から活動していたが、ついにフルアルバム完成となった。

常田自身「King Gnuは2020年の”CEREMONY”でいったん区切りをつけた」と言及しており、実際にオリコン週刊アルバムチャート1位を奪取する快挙を遂げている。

millennium paradeのことを「King Gnuの零れ落ちた部分を補完するもの」と語っており、明確な差別化が図られている。

それでは分析していこう。

完璧なアート作品でありながポップソング

millennium paradeが脚光を浴びるのはNETFLIXオリジナル作品「攻殻機動隊 SAC_2045」の主題歌に抜擢され、そのフル3DCGによる圧倒的完成度のMVが話題を呼んだため。

millennium paradeのすべてのMVとライブ映像はすべて常田の東京芸大仲間である「PERIMETRON」というチームが制作しており、このMVもCG制作に一部攻殻機動隊のスタッフが入っているが、ディレクションはすべてPERIMETRONが担当。

いわば、millennium paradeは常田とそのゆかいな仲間たちが楽しく自由に創作するプロジェクトということだ。

ちなみに、millennium paradeのベース、ドラムはKing Gnuと一緒。しかもアルバム最終曲「FAMILIA」にはボーカルの井口理が参加しているため、ほんとうに気の知れた仲間内で作った作品。メンバーは曲ごとに入れ替わる。

一聴してわかるのは、これは普通の曲じゃないということ。

この世界に2つとは存在しない唯一無二の音。

それはもはやアートの領域だ。

しかし、アルバムを聴きこんでいくと不思議とメロディが耳になじんでくる。そして、この不可思議なアレンジがクセになってきて何度も聴いてしまう。

これはmillennium paradeが持つ「アート性」と「ポップ性」が共存しているからだ。

なぜ、こんな真似ができるのか。それはやはり常田大希の音楽センス、東京芸大出身という学習レベルの違いによるものだ。

常田大希はKing Gnuでは爪を隠していた。「白日」は完全なJ-POPだ。だからこそ、このアート性の振り切れ方に一度は驚く。

しかし、何度も聴いているとやはりこのメロディはポップソングだな、と思える。たとえ、全曲英語でも。

常田大希の中では言語など些末な問題なのだ。それで音楽性は変わらない。

ところで、「アート」と「ポップ」の違いははなんだろうか?

僕の定義では「アート」は「見ても聴いてもよくわからないんだけど、その代わり見る側に考えさせ、わかった気にさせる」もの。

ピカソや抽象画は見ただけではなにを描いているのか、わからない。そこで思考を強制させられる。いろいろ考えて、「あ、わかった!」というカタルシスがある。このとき、作品はアートになる。

「ポップ」は「誰にでもわかりやすいもの、浸透しやすいもの、伝染しやすいもの」。

J-POPのヒット曲はほとんどの国民が口ずさめる。町中のいたるところで流れていて、テレビで何回も再生され、YouTubeでも視聴される。これが「ポップの中毒性」。

「ポップ」と「アート」は本来、水と油。混ざり合わない。

だけど、常田はやってのけた。

これはもはや新ジャンルである。名称はまだない。

アレンジは不可解だけど、中毒性があって、耳に残って、また聴きたくなってしまう。

メロディは直球のストレートなポップメロディでこちらも耳に残る。

音楽ではこの2つは「アレンジ」と「メロディ」にわけることで可能だったのだ。

この試みは音楽史でも数えるくらいしか行われていないのではないか。

思いつくのは、ビートルズかヴェルヴェット・アンダーグラウンドくらいまで遡らないといけない。

日本人がこういう実験音楽でセールスを記録するのはYMO以来ではないだろうか。

常田大希の天才性とそのチーム力がそれを可能にしたのだ。

  • アートとは「わからなくて考えさせられるもの」
  • ポップとは「わかりやすく伝わりやすいもの」
  • アレンジはアート + メロディはポップ = 全く新しい音楽・新ジャンル

天才集団はこれからどこへ向かうか?

常田大希は「”FAMILIA”があったからKing Gnuで”三文小説”ができた」と言っている。

世間に「白日」以来の衝撃をお茶の間にもたらした圧倒的傑作「三文小説」。

この前に創られていたのが「FAMILIA」だった。聴き比べてみると、ピアノ、ドラム、シンセベース、ストリングス、ボーカルの超高音ファルセットが共通している。

このように実はmillennium paradeは常田の実験場であり、そこからKing Gnuに生かしていくというスタイルがとられている。

常田にとってKing Gnuは「とにかくスケールがビッグなロックバンド」なんだそうだ。それは体現していると思う。

しかし、そのコンセプトに乗っかりつつ、「三文小説」は「アート」に近接している。

ロックではある。ロックとはスタイルを問わない。ギターを弾いてなくても、轟音でなくても、聴き手に衝撃を与えるのがロックの役目だから。

このmillennium paradeでの実験がKing Gnuに影響を与えていくのだ。果たしてこの先にどんなサウンドスケープが広がっていくのか? 楽しみでしょうがない。

  • King Gnuはよりアートに接近
  • millennium paradeは常田の実験場。ここから日本の新たなサウンドが生まれる

まとめ

「Fly with me」は攻殻機動隊とNETFLIXの影響もあって全世界へと波及した。もはや常田大希という男はKing Gnuで国内を制覇している。武道館公演も去年の11月に達成しているし、このご時世にオリコンで一位を取るバンドはヒゲダンとKing Gnuくらいのものだろう。

今まで僕自身考えもしないことだったが、「アートでありながらもポップソング」であることは可能だった。いや、常田が可能にしたのだ。

ここから拓いていく音楽シーンは未来に満ち溢れている。もう何をやっても自由だ。だって、日本の28歳の天才の頭の中はこんなに自由なんだから。

  • 「アート」と「ポップ」を掛け合わせたら人類が聴いたことのないサウンドになった
  • 常田大希は国内を制覇し、海外へ

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