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オリジナル小説-「その傷の重さは③」

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 わたしはその村を離れ、山にこもって生活するようになりました。森の中で見つけた洞窟がわたしの家。木の実を集めたり、野ウサギを狩ったりして暮らしました。時には崖から落ちそうになったり、熊に襲われそうになったり、危険な目には何度も遭遇しましたが、それでも伊達に何年も盗賊はやっていませんでした。持ち前の根性でなんとかやり過ごしました。
 その孤独な生活はわたしにとってはとても穏やかで、安らかな時でした。日が昇る頃に目覚めて、食べ物を集めて、お腹が減ったら食べて、日が沈んだら眠る。そのうちに自分がかまいたちであることも、今までに傷つけた人のことも、忘れていきました。
 しかし、それも冬が来て、終わりが来ました。木の実もなく、動物たちも冬眠しているのか見当たらなくなりました。食べ物のなくなったわたしは、日に日に衰弱していきました。
 それでも食糧を探し続けましたが、とうとう限界がきました。わたしは雪に覆われた冬の山道に倒れこみました。
 ああ、わたしはここで死ぬんだ。絶対に助からない。こんなわたしは、絶対に救われない。
 人を傷つけることしかできないわたしには、そもそも生きる資格などなかったのです。人を傷つけることしかできないわたしに、一体どんな価値があるというのでしょう。
 これは、罰だ。傷つけ続けて、驕り続けて、奪い去り続けた、わたしへの罰。
 死んで償えるのなら。それでいいかもしれない。
 ああ、神様は、いや、わたしのお母さんはなんでわたしなんていうかまいたちを産んだんだろうなぁ。それが、最後の思考でした。
 しかし、わたしは死にませんでした。
 目が覚めると久方ぶりに暖かさを感じました。そこは古びた民家でした。
 目が覚めたか、そう、家主であると思われる侍はわたしの顔を覗き込んで聞きました。どうしてわたしはここに、と問うと通りがけにお前が倒れているのを見つけて助けたのだ、と応えました。
 そう聞いて、わたしは暗澹たる気持ちでした。やっとわたしの罪を購えると思ったのに。傷つける痛みに怯えることもないと思ったのに。
 そんなわたしに彼はおにぎりを勧めてきました。そんな優しさ、わたしには与えられる資格がありません。拒否しようとしました。だけど、彼は食べなければ死んでしまうぞ、と半ば強引に勧めてきます。確かに、死ぬのはもっと苦しいのでしょう。仕方なく、これっきりだと思って一口食べました。
 涙がこぼれました。それはあたたかくて。やさしくて。こんなに食べ物がおいしいと感じたことはありませんでした。わたしが口いっぱいに頬張るのを、彼は笑って見ていました。
 まだ冬は長く続く、せめて冬が過ぎるまではここにいた方がいい、そう、彼は言いました。
 確かに、わたしにはもう居場所はありませんでした。だけど。わたしはきっとこの人も傷つけてしまうのでしょう。自分の命の恩人である心優しい人でさえも。そんな自分が怖くて。でも、死ぬのも怖くて。
 結局、強引に押し切られたわたしは彼の家にやっかいになることになりました。
 疲れ切っていたわたしはその夜は泥のように眠りました。久しぶりに、寒さと不安のない穏やかな夜でした。

 朝、目覚めて、わたしはここを出ていくべきなんじゃないのか、と考えました。きっとわたしは彼に迷惑しかかけない。彼はわたしに優しいけど、わたしは彼になにもできないことを当たり前のように知っていました。だから、ここにいる権利はないのではないか、と。それでも、ここはあたたかな場所でした。安らかな場所でした。だから、結局、躊躇してしまうのです。そんな朝が何度も続きました。
 わたしは彼と距離を置いていました。彼が怖かったのです。正確に言えば、彼のことを傷つけてしまうわたしが怖かったのです。いつか、自分がかまいたちであることがばれてしまって、幻滅されるのが怖かったのです。 
 それでも、彼は優しくしてくれました。部屋の隅にうずくまっていたわたしに気さくに話しかけてくれました。仕掛けておいた罠に野うさぎがかかっていたこと。三年ぶりに友人と再会したこと。近くの村で見つけた珍しい鉱石のこと。うれしそうに語る彼を見て、懐かしいあの茶屋のことを思い出しました。いろんな人と楽しく話をしたこと。あたたかな思い出。今はもうない温もり。でも、彼の存在はわたしの心を少しだけ癒してくれました。かまいたちでも、生きていていいのかなって。少しだけ、思いました。
 日が昇る頃、わたしは彼よりも早く起きてあり合わせの朝食をつくりました。ただでやっかいになるのは忍びなくありましたから。起きてきた彼は驚き、そして喜んで食べてくれました。こんなにうまい朝飯ははじめてだ、と。わたしもうれしく思いました。
 家事が苦手だった彼のためにわたしは家事をするようになりました。ご飯をつくって、洗濯をして、掃除をして。
 それはなんだかとても、幸せでした。誰かのためになにかをする、できるということがこれほど嬉しいことだとは思いませんでした。
 ある日、彼はお前は優しいな、と言って頭を撫でてくれました。優しい。そんな言葉を言われたのははじめてでした。人を傷つけることしか能がないと思っていた自分が。誰かに優しくできていたのなら。それはとても価値あることで、とても幸福なことだと思いました。わたしは、満面の笑みでありがとう、と応えました。もう、心は痛くありませんでした。
 それは本当に幸せな時間でした。わたしは彼といるのが楽しかった。彼といると、わたしは優しいわたしでいられた。かまいたちではない、普通の女の子としていられた。彼の優しさは、ずっと忌み嫌われ、傷ついたきたわたしの心を癒してくれました。わたしにとって、彼は、特別な人になりました。