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オリジナル小説-「その傷の重さは⑤最終話」

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 この手記はここで終わっている。だが、しかし、語り残したことがまだまだ、たくさんあるだろう。彼女の代わりに、わたしがそれを代筆しようと思う。
 それは雪がとけて、風が春の便りを知らせてきた朝のことだった。わたしたちはとうとう討伐隊に見つかってしまった。数はあのときよりも多い。でも、勝たなければならない。わたしの剣の腕にかけて。彼女には絶対に力を使わせない。それは彼女自身を傷つけるから。今度は、必ず。
 わたしは彼女のためなら死んでもいいと思っていた。それほど、深く愛していた。それでも、わたしがいなければ誰が彼女を守れるだろう。誰が彼女の痛みを、傷をわかってあげられるのだろう。わたしが生きて、支えなければ。彼女の痛みは、わたしの、わたしだけのものだ。
 斬り合いが始まる。幾筋もの剣技を受け流し、確実に相手の手の腱を切る。絶対に殺さないで。それが彼女との約束だったから。一人。二人。刀を落としていく。しかし、さすがに無理があった。あまりに条件が違いすぎた。隙をついて一人の剣戟が腕を裂く。さらに、首を狙った一撃が肩を裂く。
 そして、決定的な一撃が腹部を裂いた。壮絶な痛みの中、逃げろ、と叫んだ。
 彼女と目があった。彼女は、ごめんなさい、と言った。
 瞬間、鮮血が舞う。
 それは、侍たちと、彼女の血。わたしは彼女に駆け寄って、叫んだ。どうして、と。彼女は笑って言った。あなたに生きていてほしかったから。それはこっちの台詞だ。どうして、どうしてお前がまた傷つかなければいけないんだ。もう十分だろ。それなのに、世界は、彼女を認めないのか。罪深ければ、生きていてはいけないのか。彼女はただ一言、ありがとう、と言って目を閉じた。

 わたしはとても腹を立てています。だって、人の手記を勝手に読んだ上に自分で書き足しているのですから。
 結論から言いましょう。わたしは生きています。左手は失ってしまいましたけれど。それでも、彼とこれからも生きていけるなら。笑いあえるなら。
 わたしは彼を助けるために、死のうとしました。間違ってもわたしなんかのために死んでほしくなかったのです。
 今まで、何度も何度も死のうとしました。今度はもう、助からない、と思いました。
 でも、結局、わたしは生き汚く、生きています。
 わたしは彼を愛していました。愛していたから、命を投げ出してもいい、と思いました。でも、そうすることで、自分を傷つけることで、彼を、深く傷つけてしまったようです。
 自分を傷つけることは、自分を蔑視することは、わたしを大切にしている人を傷つけることと同じことでした。彼はわたしのことを大切に思っている。そばにいてほしいと思っている。その思いを踏みにじることは、わたしにはもうできません。それほどまでに、彼の愛は深い。そして、わたしはその愛に応えたい。だから、わたしは、ここにいる。
 わたしは、わたしが怖くて仕方ありませんでした。わたし自身に怯えるわたしはどうしようもない弱虫でした。でも、だからこそ、わたしはそんな自分を愛しく思うのです。肯定できるのです。こんなどうしようもない自分だから、わたしは、わたし自身を守っていかなければなりません。
 だから。
 そうですね。
 わたしはまた、この力を頼るでしょう。彼を守るために。わたしを守るために。わたしは、人間にはなれなかった。
 でも、それは仕方ないと思うのです。人は誰でも、誰かを傷つけて生きています。でも、それは原罪ではないのです。傷つけたら、自分も傷ついて。そうして、お互い、ごめんねって、謝ればいいのです。それだけで、よかったのです。わたしはそんなことにも気づかない馬鹿だったみたいです。それだけで、わたしはあなたを許すでしょう。だから、あなたもわたしを許してください。
 随分と遅れてしまったけど。
 ごめんなさい。
 わたしは、また、かまいたちとして生きていきます。彼とともに。きっとまた罪を重ねるのでしょう。そのときは、きちんと償って、その傷を治せるよう、努力します。結局は、人生なんて、そんなものです。
 それでは。
 これが本当に最後になるでしょう。
 最後に、とある宣教師の方から教わった言葉で、締めくくろうと思います。
 ハレルヤ。
 すべての生命に、祝福を。
 ハレルヤ。
 ハレルヤ。